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会社概要

有限会社谷口商店


創業 明治二年

京都府北部(現宮津市)地域の廻船業者として、北海道をはじめ全国の

燃料・油脂・雑穀・その他各地域の特産品を扱う卸し業を開業する。

そして、宮津市最古の卸し業として今日に至る。



第二次世界大戦後から昭和末期まで、清製粉、日本農産工業の特約店

として地域振興に寄与するとともに、保険代理業、養鶏業を運営。



平成二十年八月吉日、量り売り店を再開。



平成二十一年五月吉日、七輪焼き店を開店。



カネマスが生まれた旧市街地
60年前のカネマス

六十年前のカネマス
(左の女性は三代目の妻、現在八十四歳)

三上家

三上家

三上家は屋号を元結屋(もっといや)といい、江戸時代において

宮津城下有数の商家のひとつであった。

酒造業・廻船業・糸問屋等を営む一方で、宮津藩財政や宮津

城下の町政に深くかかわっていた。

天明三年(一七八三)の火事で焼失したことから、 主屋棟は

外部に面する柱を塗りこめる大壁造・土扉を設け、耐火構造と

している。 座敷等は非常に質の高い贅を尽くしたものとなって

おり、天保九年(一八三八)には幕府巡見使の本陣となり、慶応

四年(一八六八)には山陰道鎮撫使・西園寺公望の宿舎にも

なった。


平成元年  京都府指定有形文化財に指定


平成十五年 主屋をはじめとする八棟が国の重要文化財に指定


平成十二年 庭園が京都府指定名勝となる

黒田酒店

黒田酒店

袋屋醤油

袋屋醤油

約三〇〇年にわたり、伝統の醤油を製造し続けている醤油屋。

玄関に入ると、奥には作業場・桶蔵などが当時のまま残されて

いる。


あしぎぬ濃口は、仕込みを二度繰り返す方法で作った 本醸造

醤油。一度完成した生醤油を、塩水のかわりに使ってもう一度

仕込みを繰り返す手間のかかる製法で作っている。


あしぎぬ薄口は色のうすさより、味と出来上がりの素材の色の

冴えに重点を置いた本醸造醤油。

強制ろ過によらず オリ引きを三度繰り返すことにより、完全な

色の冴えを見せ、素材の良さと色の輝きが味わえるように

作っている。

山王宮日吉神社

山王宮日吉神社1

山王宮日吉神社2

山王宮日吉神社3

宮津総氏神また旧宮津藩の守護神しとして、本殿右隣にある

式内摂社、「杉末神社」と共に平安時代から続く神社である。


御祭神は、大山咋神・大己貴神で、社記によれば平安後期に

現在摂社である杉末神社境内に勧請された とある。

江戸時代に入ると、歴代宮津藩主の氏神として深い崇敬を

受けて 宮津藩内の総守護神とされている。


例祭である山王祭は藩祭となり、家中、町方共にそれに参加し

宮津藩、宮津総町が一体となった賑やかな祭絵巻を繰り広げ、

山王祭はやがて『宮津祭』の別称で呼ばれるようになった。

城下の平安を祈るために宮津湾の向こうの波路御旅所まで、

宮津の街々を巡幸する神輿の渡御の伝統は今も変わらず続け

られている。


「宮」のある「津(入り江)」という宮津の地名は奈良時代にすでに

使われていたが、延喜式によると 当時宮津郷には杉末神社が

あるのみで、それ以外の神社は記載されていない。

そうしたことから杉末神社は宮津の地名発祥に深く関わる神社

であるといえる。


摂社「杉末神社」は千年以上の昔、平安時代初期にはすでに

ここにあり、その時代の古文書(延喜式)に城下町宮津で唯一

記載されていて 現存している最も古い神社である。


御本社である山王宮日吉神社が宮津鎮護の神とされ その例祭

が「山王祭」が宮津祭と呼ばれたのに対し、杉末神社は宮津

西部氏神として守られてきた。その例祭は西祭、また相撲祭と

呼ばれている。

摂社という言葉は、御本社の創建に深く係わる神社に使われる

用語で、宮の津(入り江)の意味をもつ宮津の地名は平城宮跡

の木簡に初めて見られたが その初見以後の文書である延喜式

神名帳(九〇一~九二三年)に記載されて宮津に鎮座する神社

は杉末神社だけとなっている。


赤ちゃん「初土俵入」は山王宮境内にある杉末神社の例祭に

執り行われる神事で化粧廻しを付けた幼児が見えない神様を

相手に相撲を取るという全国でもきわめて珍しく、また可愛らし

い神事といわれている。


宮津の町では江戸時代初期から地元力士により奉納花相撲が

執り行われており、その影響を受け、江戸中期に氏子中の有力

な家々が屋号などをもとにした化粧廻しを作りその息子たちを

土俵に上げたのが始まりである。


神社に残る文献によると延宝九年(一六八一)より「花相撲仕り

・・・」とあり、 その頃から寛政年間(一七八九)にかけて 徐々に

現在の形が作られていったと考えられる。

旧家には昔使われた化粧廻しを 残す所もあり、またその一部は

神社に寄贈され保管されている。現在使われている化粧廻しは

いずれも最近作られたもので、神社に関 わりのある名が使われ

ている。

宮津カットリック教会

宮津カットリック教会

洗者聖ヨハネ天主堂 ともいわれ、 フランス人のルイ・ルラーブ

神父が 一八九六年(明治二九)に造った木造の教会で、毎週

ミサの捧げられる現役の聖堂としては 日本で最も古いものと

されている。


内部の床は畳敷きという和洋折衷のロマネスク風様式の教会。

堂内を明るく照らすステンドグラスは フランスから輸入したもの

で一二八〇枚もある。

蕪村寺

蕪村寺1

蕪村寺2

別名を蕪村寺といい、俳人 与謝蕪村が三年間(三九歳~四二

歳)滞在し、ここを根拠として 俳句のみでなく画業にも励み、

蕪村画大成の基礎をつくった。


蕪村寺3

境内の蕪村の石碑には、「短夜や六里の松に更けたらず」と
刻まれている。